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自分を責めるのをやめたいあなたへ|自己否定が強くなる理由と、心を少し楽にする方法

何か失敗したとき。うまくできなかったとき。

「どうして、こんなこともできないんだろう」
「もっとちゃんとしなければ」
「こんな自分はダメだ」

そんな言葉が、自分の中に聞こえてくることはありませんか。

誰かに責められたわけではないのに、
自分で自分を責めてしまう。

人に迷惑をかけたのではないかと、何度も考える。
相手のちょっとした表情や言葉が気になる。

失敗したことを、いつまでも引きずって
何日も考え続けてしまう。

自分を責めてしまうのは、
弱いとか臆病とかいうことではありません。

そこには、これまでの人間関係や体験のなかで身につけてきた、
あなたなりの理由があるかもしれません。

目次

子どもは、周囲の反応から「自分はどんな存在か」を知っていく

私たちは、生まれたときから自分に自信があるわけでも、
ないわけでもなく、無垢な存在です。

子どもは、
身近な大人との日常的な態度や言葉などの交流を通して、

「自分はここにいてもいい」
「困ったときに声をあげれば、助けてもらえる」

「自分の気持ちを伝えても大丈夫」
「失敗しても、嫌われたり見放されたりしない」

といった感覚を、
少しずつ心の中に育てていきます。

反対に、親から繰り返し責められたり、
厳しい言葉を向けられたり、
関心を向けられない状態が続くと、

子どもは「自分はダメなんだ」と受け取りやすくなります。

はっきりと言葉で責められなくても、
無言のプレッシャーや、
がっかりした表情、ため息、冷たい態度などから、

「期待に応えなければならない」
「迷惑をかけてはいけない」
「失敗したら、受け入れてもらえない」

と感じることもあります。

もちろん、親に悪意があったとは限りません。
親自身が忙しすぎて、子どもにかまう余裕がなかったのかもしれません。

過度のストレスを抱えていたり、
不安や心配が強すぎたのかもしれません。

親自身もまた、安心して人に頼ったり、
自分の感情を受け止めてもらったりした経験が少なかった可能性もあります。

しかし、子どもには、そうした親の事情まではわかりません。

そのため、

「お母さんがいつも不安なのは、私が困らせるからだ」
「忙しそうだから、わがままを言ってはいけない」
「私が我慢して、親を安心させなければいけない」
「もっといい子でいれば、こちらを見てもらえるかもしれない」

などと考えるようになることがあります。

本当は抱きしめてほしかった。
寂しいと言いたかった。
ただ、そばにいて見守られたかった。
「嫌だ」「これがほしい」と伝えたかった。

けれど、
そうした要求や欲求のシグナル
受け止めてもらったり、

言葉や態度で応えてもらったりする経験が少ないと、
子どもはやがて、自分の気持ちを出さなくなっていきます。

そして、
「何かを求める自分が悪い」
「迷惑をかける自分が悪い」

「うまくできない自分が悪い」
「自分は、ここにいてはいけない存在なのかもしれない」

といった感覚を
肌で感じ取ってしまうことがあります。

そして、
何度も何度も水が同じ場所を通ると
やがて川が形づくられていくように、
そうした感覚はいつしか、
心の底を流れる心のルールとして作り上げられていきます。
知らぬ間に、その川が、
今まさに目の前で起きている体験の道筋となっていきます。

こうしたプロセスは、
子どもがその環境のなかで生きていくために必要で身につけていった、
生存戦略
とも言えます。

失敗すると自分を責めてしまうー子どもの頃につくられた「心のルール」

子どもの頃につくられた思い込みは、
大人になったからといって、自然に消えるとは限りません。
多くは、肌感覚として刷り込まれているからです。

たとえば、

  • ちゃんとしていなければならない
  • 人に迷惑をかけてはいけない
  • 相手を不機嫌にしてはいけない
  • 弱音を吐いてはいけない
  • 人に頼ってはいけない
  • 失敗してはいけない
  • 自分よりも相手を優先しなければならない

といった「心のルール」として残ることがあります。
もちろん、これがあるからこそ、
周囲から「しっかりした人」「気が利く人」「責任感のある人」と見られるかもしれません。

けれど、少し失敗したり、誰かを不機嫌にさせたと感じたりすると、
心の中で強い警報が鳴ります。


「もっとちゃんとしなければ」
「こんな自分では嫌われる」
「全て、自分が悪いせいだ」

自分を責めることで失敗を繰り返さないようにし、
周囲との関係を守ろうとするのです。

自分を責める声は苦しいものですが、
もともとは、
傷ついたり見放されたりする危険を避け、
その場所でい続けられるように、
危険を知らせてくれる方法だったのかもしれません。

自信のなさの奥には「自分の気持ちがわからない」が隠れていることも

自分を責めることが続くと、
「どうせ私にはできない」「自分の判断は間違っている」と、
自分の感覚や選択にも自信を持てなくなることがあります。

けれど、
「自信がない」と感じている人のなかには、
能力や経験が足りないだけではなく、

長いあいだ周囲を優先してきたために、
自分の気持ちや感覚がわかりにくくなっている人もいます。

「自分がどうしたいのかわからない」
「何が好きなのかわからない」
「嫌なことがあっても、嫌だと気づけない」
「何を選べば、自分が満足するのかわからない」


周囲の期待に応えることや、
相手を不機嫌にさせないことを優先してきた人は、
自分の気持ちよりも、
外側にある正解を探すことが習慣になっています。

「相手は何を望んでいるだろう」
「何をすれば評価されるだろう」
「どう振る舞えば、間違いだと思われないだろう」

そうやって周囲に注意を向け続けているうちに、
自分の心や身体から届いている感覚が、
わかりにくくなっていくことがあります。

本当は疲れているのに、頑張り続けてしまう。
本当は嫌なのに、笑って引き受ける。
本当は辛いのに、「このくらい大丈夫」で済ませる。

これは、自分の気持ちがないということではありません。

これまでの環境のなかで、
自分の気持ちや内側に起こっている些細な違和感や不安に蓋をして、
後回しにすることが必要だったのかもしれません。

外側の達成だけでは、自信や自己肯定感が育たないことがある

自分の内側とつながりにくくなると、
資格や仕事、収入、周囲からの評価など、
外側の達成によって自信を得ようとすることがあります。

もちろん、目標を持って努力したり、
何かを達成したりすることが悪いわけではありません。
達成によって得られる喜びや自信もあります。

けれど、どれだけ頑張っても満足できない。
褒められても素直に受け取れない。


一つ達成しても、すぐに次の課題を探してしまう。
休んでいると、自分には価値がないように感じる。
そんな状態になっているなら、
外側の達成だけでは埋められないものがあるのかもしれません。

それは、穴の空いたザルに水を注ぎ続けるようなものです。

たくさん注いだ一瞬は満たされたように感じても、
水はすぐに抜けていきます。
そして、「まだ足りない」「もっと頑張らなければ」と、
さらに水を注ぎ続けることになります。

自分が何を求めているのか。
どんなときに安心するのか。
何を心地よいと感じ、何を嫌だと感じるのか。
どのような関係や生き方に、満足を感じるのか。

それを自分自身が知らないままでは、
外側からどれだけ評価や成果を与えられても、
内側に自信が育ちにくいことがあります。

自信は、自分の気持ちに応えることから育っていく

自信とは、
「何でもうまくできる」
「人より優れている」と
感じることだけではありません。

自分の気持ちに気づき、
それを無視せず、
誰でもない自分の気持ちのために
できる範囲で応えていくことも、自信の土台になります。

「私は、いま疲れている」
「本当は、これは引き受けたくない」
「私は、こうしてもらえるとうれしい」
「間違うかもしれないけれど、今回はこれを選びたい」

自分の感覚に気づき、それと交渉し、
小さな選択に反映していく。

そうした経験を重ねることで、

「私は、自分の気持ちをわかってあげられる」
「困ったときにも、自分を見捨てずにいられる」
「私は、自分を頼りにしてもいい」

という、自分への信頼が少しずつ育っていきます。

自信をつけようと努力する前に、
まずは、自分の心や身体とつながり直すことが必要になることがあるのです。

自己否定の原因は、親子関係だけとは限りません

自己否定の背景として親子関係が語られることは多いですが、
すべてを親との関係だけで説明できるわけではありません。

学校や部活動で、
先生や先輩から繰り返し叱責された経験が影響していることもあります。

友人からいじられたり、仲間外れにされたり、いじめられたりした経験。

人前で失敗して笑われた経験。

集団の中で、いつも誰かの目を気にしなければならなかった経験。

大人になってからの職場で、
上司からパワーハラスメントを受けたことがきっかけになる場合もあります。

また、夫婦関係のなかで、
モラルハラスメントがあり、長いあいだ否定されたり、見下されたり、
何を言っても自分のせいにされたりする関係が続くと、
次第に自分の感覚がわからなくなることがあります。

「自分の受け取り方がおかしいのではないか」
「相手を怒らせる自分が悪いのではないか」
「自分さえ我慢すれば、うまくいく」

そうやって、誰かから向けられた否定的な言葉や態度が、
やがて自分の内側の声になっていくことがあります。

そして、見落とされがちですが、
大きな事故やけが、病、障害、手術、痛い体験や身体が辛い体験などの
身体的な苦痛や恐怖、喪失体験
が、
自己像に影響する場合もあります。

そのときの恐怖や恥ずかしさ、
無力感が身体の反応として残り続けていたり、
あるいは、
十分に周囲に受け止めてもらえなかった体験があった場合に、

何かの引き金によって、
身体が固まったり、強く緊張したりすることがあります。

そして、
その身体の反応から、
「どうして普通にできないのだろう」
「こんな自分は弱い」と受け取ることで、
結果的に、自己否定へとつながることもあります。

それは、意志が弱いからとは限りません。
頭では「もう大丈夫」とわかっていても、
心や身体はまだ、
かつての危険が続いているように反応しているだけなのかもしれません。

過去の出来事が今も心や身体に影響していることがあります。

自己肯定感を高めようとしても、自分を責める声が変わりにくい理由

自己否定をやめようとして、

「もっと自分を褒めましょう」
「ありのままの自分を認めましょう」
「前向きに考えてポジティブになりましょう」

と言われても、かえって苦しくなる場合があります。

褒めようとしても、
心の中から「そんなことはない」という声がどうしても出てくる。

肯定的な言葉を投げかけられても、嘘のように感じる。
うまく肯定できない自分を、また責めてしまう。

これは、努力が足りないからではありません。

自分を責めることによって長いあいだ身を守ってきた人にとって、
急にその方法を手放すことは、
かえって不安を感じること
でもあります。

「ダメな自分になる」
「自分に厳しくしなければ、また失敗する」
「油断したら、誰かに否定される」

そんな恐れが隠れていることもあります。

だからこそ、
相手の気持ちと自分の気持ちを少しずつ分け、
どこまでが自分の責任なのかを見分ける「心の境界線」を育てながら、
自分を責める声を無理になくそうとするのではなく、

「この声は、何から私を守ろうとしているのだろう」
「何がそんなに怖いのだろう」
「このとき身体では、何が起きているのだろう」

と、少しずつ自分の心で起こっていることを
丁寧に理解していくことが大切です。

自分を責めていることに気づくところから始める

自分を責めないようにしようとすると、
それ自体が新しい「守るべきルール」になってまた縛られてしまいます。

まずは、やめようとしなくてもかまいません。

「あ、いま私は自分を責めているな」
「失敗したから、見放されるような怖さを感じているのかもしれない」
「胸のあたりが固くなっているな」

そのように、自分の中で起きていることに気づくだけでも、
少しずつ変化が生まれます。


「責めなくても大丈夫」と、身体が少しずつ経験していくこと。

それが、頭で自分を説得することよりも助けになる場合があります。

自分を責めているときにできる、小さなセルフコンパッション

セルフコンパッションとは、
苦しんでいる自分に気づき、
他者に向けるかのように自分に対しても思いやりを向けることです。

自分を甘やかしたり、
失敗をなかったことにしたりすることではありません。

大切な人が同じことで苦しんでいたら、
責め立てるのではなく、まず「つらかったね」と声をかけるでしょう。

そのまなざしを、ほんの少し自分にも向けてみる練習です。

自分を責める声が聞こえてきたとき、次の三つを試してみてください。

1.いま起きていることに気づく

まずは、責める声をなくそうとせず、
自分の中で起きていることを言葉にしてみます。

「いま、私は自分を責めている」
「失敗したことが、怖かったんだな」
「嫌われるのではないかと、不安になっているのかもしれない」

うまく説明できなくても、「いま、つらいんだな」だけで十分です。

そして、責める声とともに、
胸がギュッとするや、肩が重く感じるなど、
同時に起こっている身体の感覚にも気づいてみてください。

2.今、ここにある自分を感じる

床についている足の裏や、座っている座面の感覚を感じてみましょう。
ゆったりとした気持ちで、
少し呼吸の動きに寄り添ってみましょう。

3.いまの自分にかけられる言葉を探す

無理に「私はすごい」
「私は悪くない」と思おうとしなくてもかまいません。

いまの自分が、少しでも受け取れそうな言葉を探してみます。

「つらかったね」
「怖かったんだね」
「すぐに立ち直れなくてもいいよ」

「いまは、これ以上自分を責めなくてもいいかもしれない」
「できる範囲で、よくやっているよ」

自分に優しい言葉をかけることに抵抗を感じる場合は、

「いまの私に必要なものは、何だろう」

と問いかけるだけでもよいでしょう。

答えが「少し休みたい」
「誰かに話を聞いてほしい」
「一人で静かに過ごしたい」なら、
可能な範囲で、その願いに応えてみます。

言葉が出てこなければ、
胸や腕など、触れても安心な場所にそっと手を当て、
手の温かさを感じるだけでもかまいません。

触れることが落ち着かない場合は、無理に行う必要はありません。

うまくできなくても、OK

セルフコンパッションのワークをしても、
すぐに気持ちが楽になるとは限りません。

優しい言葉が白々しく感じられたり、
「そんなことを言っている場合ではない」
という声が出てきたりすることもあります。

それも自然な反応です。

長いあいだ自分に厳しくすることで身を守ってきた人にとって、
自分に思いやりを向けることは、慣れないだけでなく、
どこか、油断するようで危険に感じられることさえあります。

そんなときは、

「優しくされることにも、まだ怖さがあるんだな」

と気づくだけで十分です。

自分を責めている自分も含めて、
内側の自分の心とつながっていく練習です。

自己否定は、あなたの本質ではありません

自分を責める声が強いと、
それが本当の自分のように感じられるかもしれません。

けれど、その声は、
これまでの環境や人間関係のなかで身につけてきたものかもしれません。

厳しい環境のなかで傷つかないように、
関係を失わないように、
あなたなりにそこで居場所を得るために、

身を守ってきた結果でもあるのです。

そう考えると、
責める声を敵として追い払うのではなく、
その奥にいる、
怖がっている自分や我慢してきた自分に気づけるようになります。

自分を責めている声にも、少しずつ優しい眼差しを向けられるようになり、
「また責めている」と気づいたときに、もう一人の自分が、

「何がそんなに怖かったのかな」
「ずっと一人で頑張ってきたんだね」

と声をかけられるようになること。

その積み重ねが、自分との関係を少しずつ変え、
確かな自信へとつながっていきます。

一人では、自分を責める声から離れにくいときに

自分を責めることが長く続いている場合、
その背景には、
一人ではなかなか向き合いにくい体験や感情が隠れていることがあります。

カウンセリング・セラピーでは、
自己否定を無理になくしたり、
ただ前向きな考え方に変えたりするということではなく、

  • どのようなときに自分を責めやすいのか
  • そのとき、どんな心のルールが働いているのか
  • 身体には、どのような反応が起きているのか
  • 本当は、何を感じ、何を求めていたのか

を、一緒に丁寧に見つけ、
自分を見守り、
自分を大切にしていく眼差しを育てていきます。

自分を責めてきた理由がわかり、
心と身体に少しずつ安心が育っていくと、
「自分を責めなくても大丈夫」という新しい感覚が生まれてきます。

自分を責めることを、また自分の責任にしなくても大丈夫です。

一人で変えようとしてもうまくいかないときは、
誰かと一緒に見つめていくという選択肢があるということを
知ってもらえたらと思います。

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