カウンセリングというと、「話を聞いてもらう場所」というイメージを持つ方が多いと思います。
実施に、言葉にして語ることは、自分の体験を整理し、意味づけていくためにとても大切なプロセスです。
一方で、過去にカウンセリングを受けたり、心理学を学んで自己理解を深めてきた方の中には、
「理解はできたけど、変われない」
「自分の性格や考え方は整理できたのに、同じ反応を繰り返してしまう」
と感じる方もいらっしゃいます。
カウンセリングの歴史は、「言葉で語り、気づきを得る」ことから始まりました。
自分の体験を言語化し、誰かに聴いてもらうことで心が整理される。
これは今も昔も、回復のためのとても大切なプロセスです。
言葉によるセラピーは、私たちが自分自身を知るための偉大な一歩でした。
しかし、研究が進むにつれ、言葉による理解だけでは届きにくい
「身体に刻まれた反応」があることもわかってきました。
「頭ではわかっているのに、体が反応してしまう」という現象です。
そこで現代では、様々なトラウマ反応の研究が進み、
これまでの「対話」に加えて、『身体』という強力な味方が加わり、
身体感覚を入り口に回復を促すアプローチが注目されています。
この記事では、ソマティック(身体志向)アプローチの考え方について、解説します。
感情やトラウマは「身体」にも保存される
私たちは、心の問題を「考え方」や「気持ち」の問題として捉えがちです。
しかし心理学や神経科学の研究では、人の反応パターンは、思考だけではなく、
自律神経や身体の反応としても記憶されていることがわかってきています。
例えば、
- 人から注意されると身体が固まる
- 安心していい場面でも緊張が抜けない
- 人に頼ろうとすると胸が苦しくなる
- 特定の場所や人をどうしても避けてしまう
- 慢性的な疲労や不調がとれない
こうした反応は、頭では「もう大丈夫」と理解していても、自動的に起こることがあります。
それは、過去の経験が神経系の反応として保存されているためです。

動物脳と人間脳 ― なぜ身体からのアプローチが必要なのか
私たちの脳には、進化の過程で、大きく分けて二つの働きがあります。
動物脳(より原始的な脳)
より動物的な本能的な部分を司っている部分です。
生き延びるために、
心臓や内臓などを動かすといった自律神経や食欲や性欲といった本能的な衝動を含めて、
意志の力とは無関係に身体がバランスをとるように、脳が指令を送ってくれています。
例えば、熱いものに触れると、何も考えなくても、私たちは、反射的に瞬時に手を遠ざけます。
このように、身の危険を察知したときに、闘う・逃げる・固まるといった反応を自動的に起こします。
あなたのことを一生懸命に守ろうとしているガードマンみたいな存在。
人間脳(思考や言語を司る脳)
状況を分析したり、言葉による意味づけを行ったり、
判断をしたりする部分です。
心を理解するうえで大事なことは、
トラウマや強いストレスは、主に動物脳のレベルで処理されるということ。
そのため、頭では「もう大丈夫」と理解していても、
身体が危険反応を起こしてしまうことがあるのです。
このとき、思考や言葉のやりとりだけでは、反応を変えることは難しくなる場合があります。
ボトムアップとトップダウン ― 回復には両方の脳へのアプローチが必要
心理療法には、大きく分けて二つの方向があります。
トップダウンアプローチ
理解や意味づけを通して変化を促す方法です。
対話をすることで気づきをもたらす、認知や思考に対して言葉でアプローチしていく方法です。
これは、人間脳に対するアプローチとも言えます。
ボトムアップアプローチ
身体感覚や神経系に働きかける方法です。
身体の動きに働きかけたり、実際に身体に触れたり、刺激を与えることで、
身体に記憶されている傷つきや、それらへ反応の修復を促していきます。
ボトムアップでよいならば、
例えば、整体や鍼灸といった、直接の身体的ケアだけでよいのでは、ということにも・・・
心理学的には、どちらか一方だけではなく、両方へのアプローチが、
持続的で深い、心のクセや傷の回復を促すと考えられています。
| アプローチ | 入り口(アプローチ先) | 得意なこと・目的 |
|---|---|---|
| トップダウン | 「人間脳」 (言葉・思考・分析) | 状況の整理 ストーリーの意味づけ 新しい気づきを得る |
| ボトムアップ | 「動物脳」 (身体感覚・神経系) | 溜まっている身体エネルギーの解放 安心感の土台作り 身体の反応の修正 |
両方のアプローチの鍵ー 身体が感じている「まだ言葉になっていない理解」
フェルトセンス
身体志向の心理療法の中で、とても重要な概念にフェルトセンス(felt sense)があります。
フェルトセンスとは、頭では説明できないけれど、身体がなんとなく感じている全体的な感覚を指します。
例えば、
- 理由はわからないけれど胸がざわっとする
- なんとなくその場に違和感を感じる
- 「何か違う」と身体が緊張する
こうした感覚は、一般的には直感とも言われるものですが、
これまでの経験、感情、価値観、記憶などが統合された、身体からの大切なサイン・情報です。
セラピー・カウンセリングでは、このフェルトセンスに気づき、それを丁寧に確認していく力を育てていきます。
これまでの人生のパターンを変えていくためには、
過去のさまざまな経験から呼び起こされている、自分に起こっている反応を
紐解いていくことが必要になるからです。
そのためには、「今、私は何を感じているのか」
をまず感じとって、言葉にしていく作業が必要になっていきます。

マインドフルネスの視点
マインドフルネスは、もともと仏教瞑想にルーツを持ちますが、
1970年代以降、医療や心理療法の中で科学的に再構築されてきました。
現在では、認知行動療法やトラウマ療法とも統合され、
神経系の調整に関わる実践として研究が進んでいます。
ただし、強いトラウマがある場合は、いきなり内側に深く触れたり味わったり集中するのではなく、
安全を整えながら行うことが大切です。
マインドフルネスとは、つまり、「あるがまま」を受け入れるということ。
「いま自分に起きていること」に、良い悪いの判断を加えずに気づいていく力を育てることです。
怒りが出たら「怒りがある」と気づく。
身体が固まったら「固まっている」と気づく。
この観察力が育つことで、反応に巻き込まれにくくなり、少しずつ選択肢が広がっていきます。
この観察力は、個人差はありますが、少しずつ育てていくことができます。
ソマティック・エクスペリエンシング
こうした身体感覚へのアプローチを、
トラウマ理論の観点から体系化したのが、
ピーター・ラヴィーンによるソマティック・エクスペリエンシング(SE)です。
SEでは、トラウマとは「つらい出来事」そのものではなく、
出来事の中で処理しきれなかった身体反応が神経系に残っている状態と捉えます。
私たちの身体は、危険を感じると「闘う・逃げる・固まる」といった反応を起こします。
しかし、その反応を十分に完了できないまま終わってしまうと、
神経系の中に未完了のエネルギーが残り続けることがあります。
野生動物は危険をやり過ごしたあと、身体を震わせることで緊張を解放します。
一方、人間は理性的に振る舞ったり、感情を抑えたりするため、
緊張のエネルギーが身体にとどまりやすいと考えられているのです。
SEでは、この残った反応を、安全な環境の中で少しずつ扱います。
いきなりつらい体験の核心に入るのではなく、
・安心できる身体感覚を育てる
・少し触れて、また戻る
・安全と不安を行き来する
というプロセスを大切にします。
この「少しずつ行き来する」ことで、神経系は圧倒されることなく、新しい反応パターンへと更新されていきます。
ポリヴェーガル理論
ポリヴェーガル理論は、アメリカの神経科学者スティーブン・ポージェスによって提唱された、
自律神経の働きに関する理論です。
この理論では、私たちの神経系は単に「リラックス」か「緊張」かの二択ではなく、
・安心して人とつながれる状態
・闘う/逃げる状態(過覚醒)
・固まる/シャットダウンする状態
といった複数のモードを行き来していると考えます。
大切なのは、これらは性格の問題ではなく、
生き延びるための生物学的な反応だという点です。
ソマティックなアプローチでは、この神経系の状態を理解しながら、
「いま安全かどうか」を身体レベルで整えていくための働きかけでもあります。
内受容感覚(インターセプション)
こうした身体の内側の感覚を感じ取る働きは、「内受容感覚(interoception)」と呼ばれます。
内受容感覚とは、心拍、呼吸、筋肉の緊張、胃腸の動きなど、
身体の内側で起きている状態を感じ取る神経の働きのことです。
近年の神経科学では、この内受容感覚が、
・感情の認識
・自己感覚(自分であるという感覚)
・ストレス調整
と深く関わっていることが明らかになっています。
フェルトセンスは、この内受容感覚を通して感じ取られる、より統合された全体的な身体の理解とも言えます。
マインドフルネスやソマティックなアプローチは、この内受容感覚をやさしく育てていくプロセスでもあります。

cocorowingのセッションで大切にしていること
cocorowingでは、ソマティック・エクスペリエンシングのエッセンスや、
ポリヴェーガル理論に基づく神経系の理解を土台にしながら、
フェルトセンスやマインドフルネスといった、
身体感覚を丁寧に観察していく、育てていくことを
大切にした関わりを行っています。
例えば、
・足の裏や背中の支えを感じるグラウンディング
・呼吸のリズムにやさしく注意を向けること
・身体全体の感覚を確認すること
・セルフタッチによって安心感を補うこと
など、身体に戻るための小さな働きかけや、
エネルギーの解放を身体の動きを通して試してみるといったことも行なっています。
身体から整え、言葉で理解する。
言葉で整理しながら、身体で確かめる。
トップダウンとボトムアップの両方を行き来することで、より深い回復が着実に進んでいきます。
ソマティックアプローチは、全ての方が合うわけではないことも
身体志向の心理療法は万能ではありません。
思考や、認知的な整理などによって、十分に変化が起こる方もいます。
けれど、
- 理解しているのに変われない
- 同じ反応を繰り返してしまう
と感じている場合や、
特に身体的な症状が伴っている方の場合には、身体感覚は重要な手がかりになります。
また、特に親子関係での傷つき、愛着の傷つきを抱えている場合には、
愛着の土台は身体的な触れ合いがとても重要になってくるということから、
身体感覚から安心を育てていくことにより、
より自分との関係や、他者との関係が安定したものになっていきます。

さいごに
身体志向のカウンセリングは、劇的な変化や特別な体験ではなく、
これまでの心身の自分のパターンを見つめながら、日常においての些細な変化を促しながら、
やがて、大きな変化やこれまでと違う人生の歩みへと一歩ずつ向かうものです。
神経系の安心を感じ、より深めながら、少しずつ反応パターンを更新していく<
そんなプロセスです。
進めていく中で、疑問や違和感が出てくることも自然です。
それらも含めて丁寧に話し合いながら、一緒に取り組んでいきましょう。

