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なぜ怒れないのか― 支配と迎合の中で失われた感覚を取り戻す

断るのが怖い。

何となく気が進まないことでも、
いつの間にか、相手の望むものをつい引き受けてしまう。

理不尽だなと感じることを言われても、
言い返すことができない。

頭の中では
「おかしくない?」と思っているのに、
気がつけば自分の方が折れている。
従っている。

そんな経験はありませんか。

あとになってから、
なんとなく怒りが湧いてきて、
「あのとき、本当は怒っていたな」
と気づくこともあるかもしれません。

けれどその怒りは、
その場ではうまく感じられなかったり、

感じてもすぐに罪悪感に変わってしまって、
動けなくなる。

怒れない。


「何も言わない方が丸くおさまる」
「私の方が我慢すればいい」

そう思ってしまう人も多いのではないでしょうか。

でも、怒れないことは、
あなたの弱さや未熟さではありません。


むしろそれは、
これまでの環境の中で、
いつのまにか、

あなたという人が、
その環境に適応して生きていくために身につけてきた反応
なのかもしれません。


目次

支配的な環境の中で、心に起きること

家庭の中に、強すぎる価値観やルールがある場合、
子どもはその空気をとても敏感に感じ取ります。

親の期待に応えなければならない。
親を悲しませてはいけない。
逆らってはいけない。

時には、家族の価値観が
絶対的な「正しさ」として
子どもの世界を包んでいることもあります。

あるいは、
素直な感情を出すことに対して、
親自身が違和感や抵抗が強い場合もあります。

こういった環境の中で育つと、
子どもは、
意識することはあまりないけれど、
ごく自然に、

「どうすれば怒られないか」
「どうすれば受け入れてもらえるか」

肌で感じ
行動の仕方を学んでいきます。

その結果として生まれるのが、
心理学で言う、
迎合(fawn)という反応です。

迎合とは、
相手に合わせることで
関係を保とうとする反応です。

相手の気持ちを先回りして考えたり、
相手の期待に応えようとしたり、

自分の気持ちよりも
相手を優先してしまう。

周囲からは
「やさしい人」
「気が利く人」
と言われることも多いでしょう。

けれどその奥には、

「関係が壊れるのが怖い」
「拒絶されるのが怖い」

という無意識の深い不安
隠れていることも少なくありません。


また、怒りが強く抑え込まれてきた場合には、

人によってはその感情から切り離されるように
「解離」という反応が起きることもあります。

怒りを感じる前に、
身体が、自動的にふっとそれを遠ざけたり、
ぼーっとしたりして感じなくさせたりする。

それは決して異常なことではなく、
心や身体を守るために働いてきた反応でもあります。


怒れないのは、神経の反応でもある

こうした反応は、
性格だけで説明できるものではありません。

私たちの身体には、
危険を感じたときに働く
自律神経の仕組みがあります。

自律神経の働きと心の動きを紐解いたポリヴェーガル理論では、
人の心の防衛反応をいくつかのパターンで説明します。

  • 闘う(fight)
  • 逃げる(flight)
  • 固まる(freeze)
  • 迎合する(fawn)

という反応があります。


もしも子どもの頃、
なんらかの恐怖や支配のもとに置かれた場合に、
闘うことも逃げることもできない状況に置かれたら、

固まる、もしくは、
立場が強い相手との「関係を保つ」ことで
安全を確保しようとします。

それが迎合です。

その環境を失ってしまえば、
子どもは一人では生きていけないからなんです。

つまり、

嫌だと言えない
怒れない
相手を優先してしまう

そうした反応は、

単に意志が弱いとか、
勇気がないとかではなく、

神経系が学習してきた反応

でもあるのです。


ただし、全てが環境の要因や学習の結果というよりは、
個人の持って生まれた特質などの
影響がある場合もあります。

特に、繊細さや優しさが強い、
身体面で小さい、強くない、などの場合などは、
迎合の反応は、より大きくなりやすいかもしれません。


この迎合の反応が強い場合には、
社会では、より支配的な環境や、他者に
巻き込まれやすくなってしまい、

傷つきを重ねてしまうという
悲しい結果につながりやすくなります。


相手を思いやる優しさと、
この迎合の大きな違いは、
そこに自分の自由があるかどうか

本当の優しさは、
「断ることもできるけれど、あえて助ける」
という選択肢を持っています。

一方で、
もしあなたが「断るという選択肢が頭に浮かばない」
「断るのが怖くて仕方ない」と感じているとしたら、
それは優しさというよりも、

あなたの神経系が懸命にあなたを守ろうとして出している
防衛反応(サバイバル戦略)なのかもしれません。


怒りは、本来は大切な感情

怒りの感情は、
本来とても大切なものです。

怒りは、

「それは違う」
「ここから先は入らないで」

という

自分の境界線を守るサイン

でもあります。

けれどもし、
怒りを表すと

「そんなことで怒らない」などと
怒られる
否定される
大切にされなくなる

そういう経験を繰り返してきた場合、
怒りはとても危険な感情になります。

そのため、
怒りを感じないように
無意識のうちに抑え込んでしまいます。

怒りの代わりに出てくるのは

罪悪感
自己否定
「私が悪い」という思い

あるいは、

人に対する漠然とした怖さや
不信感

などです。

こうして少しずつ、
自分の感覚よりも

周囲の期待を優先する生き方や
深い関係から撤退していく生き方が

身についていくことがあります。


主体性を取り戻すということ

回復とは、
いきなり怒れるようになることではありません。

むしろ最初は、

「なんとなく嫌だ」
「ちょっと違和感がある」

そんな小さな感覚
気づくことから始まります。

多くの場合、そうした感覚は、
素通りされるか、

モヤモヤしながらも正体がわからないので、

思考で原因を探したり、
誰かの責任を追及したりしてしまう。

けれど、その迷路の中を
ぐるぐる回るだけになってしまうことも多いのです。

身体が少し緊張している。
胸の奥がざわざわしている。

人と会うと、どっと疲れている。


そんな感覚を
「なかったこと」にせず、
まずは、
少しずつ感じてみることが第一歩になります。

そうした小さな気づきが、
少しずつ積み重なっていったときに、
怒りを心で抱えられる器が整っていく。

そして、やがて、

自分の感覚を取り戻すこと

につながっていきます。

主体性とは、

単に誰かや何かに反抗することではありません。

親をただ否定したり拒絶することでもない。

主体性とは、

自分の感覚を信じながら、
選択肢を保ちながら、
生きている「今、ここ」を選びなおしていけること

なのだと思います。



もしこれまで、
迎合することで生き延びてきたのだとしたら、

あなたが、弱虫とか臆病者とかではなくて、
それは、がんばって生きてきた証のようなもの。


大人になった今は、
少しずつその重荷を手放し、
他のやり方を身につけていってもいいんです。

自分の感覚を取り戻していくことが
可能なのです。

今すぐできるセルフワーク

いきなり相手に怒りをぶつけたりするのではなく、
まずは、あなたの安全な心の中で、

今まで「なかったこと」にしてきた感覚を、
そっと見守ったり、感じてみたりすることから
始めることができます。

立ち止まって名付けてみるワーク

スマホのメモアプリでも構いません。
誰にも見せない、あなただけの秘密の場所を作ります。

1.「なんとなく嫌だったこと」を書き出す

表面上は「はい」と引き受けたり、笑って流したりしたけれど、
後から思い返すと「モヤッ」とした場面を1つ思い出します。

(例:急な仕事を頼まれた時、強引に誘われた時、理不尽な小言を言われた時など)

2.その時の「身体の感覚」を思い出す

その瞬間、あなたの身体はどう反応していましたか?
思いつくままに書いてみます。

(例:胸がギュッとした、奥歯を噛み締めた、呼吸が浅くなった、頭が真っ白になった、など)

3.その感覚に、名前をつけてあげる

そのモヤモヤや身体の感覚に、もし名前をつけるとしたら何ですか?

(例:『ガマンの塊さん』『透明な壁』『ビクビクの虫』など、何でも構いません)

4.「そこにいていいよ」「わかったよ」と、ただ認める言葉をかけてみます

人と会う時の「一瞬グラウンディング」

「相手に合わせすぎてしまいそう」と感じたとき、
あるいは「今、自分という感覚が消えかかっている」
と気づいたときに、数秒で自分を取り戻す方法です。

  1. 「足の裏」の感覚を感じる

    相手の話を聞きながらでも構いません。足の裏が地面についている感覚に意識を向けます。
    意識のベクトルの半分を「相手」から「今ここ」の「自分の足元」に引き戻すイメージです
  2. 「お尻の重み」を感じる

    座っている場合は、椅子に触れている座面の感覚を意識します。
    椅子や重力が「自分を支えてくれている」ことを実感するだけで、
    神経系は少しだけ「安心モード」が働きやすくなります。
  3. 「手の中」を感じてみる

    自分の手をそっと握ってみたり、膝の上に置いた手の温かさを感じてみます。
    あるいは、お気に入りのハンカチやペンの感触を指先で確かめるのも有効です。



セラピーの中で起こること

迎合のパターンは、
実はセラピストとクライエントの関係の中でも
起こることがあります。

クライエントの方が、
セラピストに気を遣いすぎたり、

「ちゃんと話さなければ」と思ったり、
本当は違和感があるのに
それを言えなかったりすることがあります。

それは決して珍しいことではありません

むしろ、これまでの人間関係の中で
身につけてきたパターンが

セラピーの関係の中で再び現れることは
とても自然なこと

なのです。

むしろ、そのパターンが
セラピーの関係の中に現れてくること自体が、
大切な手がかりになることもあります。

心理学では、こうした現象を
「転移」と呼ぶこともあります。

大切なのは、そのパターンを
セラピストが理解していることです。

その場で起きている関係の動きを
一緒に丁寧に見つめていくこと。

そうすることで、

これまでの関係のパターンが
少しずつ言葉になり、
新しい関わり方が生まれていきます。

セラピーとは、

これまで繰り返してきた関係のパターンを

セラピーという安全な関係の中で
時には練習したり実験したりするようにして、

少しずつ他のやり方を試してみながら、
反応を整え、変えていく場所
でもあるんですね。


そして、
より根っこにある不安がやわらぎ
自分にとっての安心が何かを実感できるになるつれて、

少しずつ迎合がほどけていき、

「本当はどう感じているのか」
「自分はどうしたいのか」

そうした感覚が、
取り戻されていくことがあります。


そのプロセスは、静かで、
ときには、退屈で、ゆっくりしたものかもしれません。

ときには、
進んだと思っても、
また戻ってしまうこともあるかもしれません。

けれども、
その一歩一歩が、

あなたの主体性を
取り戻していく道につながっていきます。



実は、何を隠そう私自身も、
この「迎合」という反応に悩み、
向き合い続けてきた一人です。

理不尽だと思っても言い返せず、
後から一人で、モヤモヤに襲われる……。
そんな日々を知っています。

相手の期待を瞬時に察しては、
自分の本当の気持ちがどこにあるのか分からなくなってしまう。

また、幼い頃は、
ときには場を盛り上げようと過剰におどけたり、
目立つ役割をあえて引き受けたりすることで、
緊張を和らげようと必死だった頃もあります。

一見、明るく活動的に見えていたかもしれませんが、
その根っこにあったのは
「私を見過ごさないで」
という切実な不安だったのだと思います。

形は違えど、それもまた、
自分を後回しにして周囲に適応しようとする、
私なりの懸命な知恵だったのだと、
今では理解しています。

けれども、心理学や神経系の仕組みを学び、
自分自身の心身の反応と丁寧に向き合う中で、
少しずつ変化してきました。

微かな身体の緊張に気づいてあげる、
向き合っていくところから始めました。

そうして
自分の感覚を「なかったこと」にせず、
大切にしていく練習を繰り返すうちに、
少しずつ心の中に「安心できる感覚」や「境界」
が育っていきました。

今では、以前よりも、
心身ともに自然体でいられる時間が増えています。

心の中に「怒りが爆発する」のではなく、
自分の境界線を守るために、
静かに、自然に伝えられる場面も増えてきました。

もちろん、今でもつい自動的に合わせてしまう瞬間はあります。

でも、そのたびに気づき、立ち止まることができる。
その「選びとれる自由」を手に入れられたことが、
今の私にとって大きな生きている手応えになっています。

cocorowingでは、
ときには険しいかもしれないけれど、

確かな”わたし”の道のりを歩いていく
お手伝いをしています。

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