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宗教二世とうつ状態|楽しむことにブレーキがかかる心と身体のしくみ

宗教二世として育った方の中には、
大人になってからも、どこか人生を楽しめない

自分のために生きている感じが持てない
休んでいても罪悪感がある

という苦しさを抱えている方がいます。

旅行に行っても、心からはしゃげない。
好きなことをしていても、
「こんなことをしていていいのかな」と思ってしまう。

恋愛や遊びに夢中になることが怖い。
何もしていない自分には価値がないように感じる。

それは、
単に「考えすぎ」や「真面目」な性格の問題
ではないかもしれません。

子どもの頃から、自分の気持ちよりも、
親の価値観や、
宗教や組織の価値観を優先してきた。

楽しむことより、正しくあることを求められてきた

疑うこと、怒ること、自分で選ぶこと、
自分の望む幸せをつかむことを、
どこかで止めてきた。

その積み重ねが、心と身体に深く残り、
うつ状態、自己否定、無価値感、
生きづらさとしてあらわれることがあります。

「うつ」というと、
病院で診断される「うつ病」を思い浮かべる方もいるかもしれません。

この記事では、診断の有無に関わらず、

気分の落ち込み、楽しめなさ、希望のもてなさ、
意欲の低下、疲れやすさなどが続いている状態もふくめて、

「うつ状態」としてみていきたいと思います。

また、うつ状態への理解とともに、
宗教二世の方に起こりやすい「楽しめない」「選べない」「止まれない」
心と身体のしくみについて、

カウンセリングとソマティック(身体志向)の視点で整理していきます。

目次

うつ状態は「気の持ちよう」ではありません

うつ状態・うつ病では、次のようなサインがあらわれることがあります。

  • 気分が落ち込む
  • 何をしても楽しくない
  • これまで好きだったことに興味が持てない
  • 疲れやすい
  • やる気が出ない
  • 眠れない、または寝すぎてしまう
  • 食欲が落ちる、または食べすぎる
  • 集中できない
  • 決められない感覚になり、決めることが難しくなる
  • 自分を責める気持ちが強くなる
  • 人に会うのがしんどい
  • 将来に希望が持てない
  • 消えてしまいたい、死にたい気持ちが出る
  • 頭痛、肩こり、胃の不調、身体の痛みなどが続く

これらは、気合いや忍耐、気を紛らわせることで
乗り越えられるものでないことがあります。

特に、
眠れない日が続いている。
食事がとれない。

仕事や家事や学校生活に大きな支障が出ている。
自分を傷つけたい気持ちや、死にたい気持ちがある。

そのようなことが2週間以上続いている場合には、
精神科や心療内科、メンタルクリニック
などの医療機関に相談することが大切です。

精神医療は、「弱い人が受けるもの」ではありません。
つらい症状をやわらげ、休養を取りやすくし、
回復の土台を整えるために役立つことがあります。

一方で、
医療への強い抵抗感や不信感がある場合には、

その気持ちも含めて、
信頼できる医師や、
有資格のカウンセラーや心理士に
まず相談してみることをおすすめします。


うつ状態は、さまざまな出来事をきっかけに起こることがあります。

新しい環境の変化に心と身体が追いつかないとき

たとえば、失恋や離婚、死別などの別れや喪失体験。
いじめ、パワハラ、DV、などのトラウマ体験
仕事の忙しさや過労、職場やパートナーとの人間関係のストレス。

また、結婚、出産、昇進、引っ越しなどの
喜ばしいと思われるような出来事がきっかけになることもあります。

また、特に女性は、出産前後に、ホルモンの変化とともにうつ状態に陥りやすいことが
広く知られています。

カウンセリング・セラピーでできること

医療機関での服薬治療、
あるいは医師の助言による環境調整によって、
眠れるようになる、食べられるようになる、
生活が少しずつ回り始める。

それは最も大切な回復の土台です。

一方で、症状が軽くなっても、
その人が長年抱えてきた生き方のパターン、
対人関係のくせ、自己否定、怒りの扱い方、休めなさ、楽しめなさが、
すぐに変わるとは限りません。

カウンセリングでは、たとえば次のようなことを一緒に見つめていきます。

なぜ、ここまで頑張りすぎてしまうのか。
なぜ、休むことに罪悪感があるのか。
なぜ、人に合わせすぎてしまうのか。
なぜ、怒りを感じる前に自分を責めてしまうのか。
なぜ、楽しいことにブレーキがかかるのか。

うつの症状をただ改善するだけが目的ではなく、

その人がどのような環境の中で、
自分を抑え、頑張り、あきらめ、適応してきたのか。

そして、これからどんな価値観で、どんなふうに生きていきたいのか。

そのことを少しずつ見つめていくことで、
再発しやすいパターンに気づきやすくなります。

また、これまでの価値観や生き方を見直し、
より自分らしい人生へ舵を切っていくことにもつながります。

「子どもの頃から、どこかしんどかった」という感覚

うつというと、ある時期から急に発症したもの、
仕事や人間関係のストレスで落ち込んだもの、
と捉えられやすいかもしれません。

実際に、
生活環境の変化やストレスがきっかけになって
様々な症状が起こってきます。

けれども、うつ状態に悩む方のお話を聞いていくと、

「思い返せば、子どもの頃からずっとうつのようだった」
「ずっと緊張していた」
「ずっと親や周囲の期待に合わせていた」
「思春期の頃から、自分の人生を生きている感じがなかった」

と話される方も少なくありません。

宗教二世の場合は、そこに、

「正しくあらねばならない」
「信仰を優先しなければならない」

「親や組織の期待を裏切ってはいけない」
「疑ってはいけない」
「遊びや恋愛に夢中になってはいけない」

という空気や
親からのプレッシャーが重なることがあります。

その結果、子どもの頃から、心が自由に動く余地が少なかった。
自分の好き、嫌い、うれしい、楽しい、怖い、怒っている、
という感覚を、
そのまま感じることが難しかった。

そのような積み重ねが、
大人になってからのうつ状態や
生きづらさにつながることがあります。

「満足してはいけない」「楽しんではいけない」というブレーキ

宗教的な環境の中で、
現実の楽しみや満足よりも、

もっと頑張ること
もっと祈ること
もっと正しくあること

そうしたことが重視されすぎると、
子どもの心には、
知らず知らずのうちに大きなブレーキがかかっていきます。

今の自分に満足してはいけない。
楽しいことに浸ってはいけない。

自分の幸せを優先してはいけない。
遊びや恋愛は危険なもの。

好きなことに夢中になると、大切なものから離れてしまう。

このような感覚が身についていると、
大人になって自由になったはずなのに、
楽しもうとすると身体がブレーキをかけてきます。

例えば、
旅行に行っても落ち着かない。

休んでいても罪悪感がある。
好きな人ができても怖くなる。

趣味や遊びや恋愛に夢中になると
「こんなことをしていていいのか」と思ってしまう。

これは、楽しむのが下手なのではありません。

楽しむことそのものが、
不安や罪悪感と結びついてしまっているサインかもしれません。

ポリヴェーガルの視点から見るシャットダウン

ポリヴェーガル理論の視点から見ると、
うつ状態は、単なる気分の問題ではなく、

神経系が「もう動けない」「これ以上は無理」と判断した身体の状態
として理解することもできます。

(ポリヴェーガル理論について詳しくははこちらの記事もご覧ください。
「ダメだから」ではなかった−ポリヴェーガル理論が教えてくれた、身体から理解する心のしくみ

特に、逃げることも、怒ることも、疑うことも許されにくい環境では、
子どもは戦うことができません。

反論することも、家を出ることも、自分の望みを堂々と主張することも難しい。

そのとき、心と身体は、
自分を抑えて合わせるという反応をします。

あきらめる。
感じないようにする。

自分の思いを無意識に消す。
反射的に相手の言われた通りに動いてしまう。

これは、怠けや弱さではありません。

長いあいだ、
その環境を生き延びるために身につけた反応なのです。

けれども、その身体の反応が
その環境をすでに離れたにも関わらず、
大人になっても続いていることがあります。

自分で選ぶ
自分の望みを感じる
自分の人生を動かしていく

という主体的なエネルギーが奥に眠ったままになってしまっていることがあります。

「させられている」感覚と、主体性の回復

子どもの頃から、
「自分で選ぶ」よりも、
「従う」「合わせる」「期待に応える」ことが多いと、

大人になってからも、
人生のさまざまな場面で、
自分が選んでいるという感覚を持ちにくくなることがあります。

仕事も、家事も、人間関係も、
どこか「させられている」
「巻き込まれている」
「断れない」と感じる。

すると、被害的・受け身的な構えが強くなりやすくなります。

でも、それは性格が悪いとかそういうことではありません。

自分の主体性を
見守られたり認められたりする経験が少なかったことや、

無意識に我慢を重ねてきたことによって、
そのような表現の仕方になってしまうことがあります。

そうすると、どうしても、
良い関係を相手と作ることが難しくなってしまいます。
受け身的構えが強いと、
自分の気持ちを直接相手に伝えることができにくくなるからです。

やめてほしい助けてほしいのにそう伝えられず、
怒りや不満を態度で出すだけで、その場が終わってしまう。
本当は満たしたいのに「どうせ無理」とあきらめてしまう。

その結果、
人間関係の中でも苦しさが繰り返されてしまうことがあります。

「私はどうしたいのか」
「本当は嫌だったのか」
「何を選びたかったのか」
「何をやめたかったのか」

そうした問いを投げかけられる心のスペースを、
安全な関係の中で少しずつ取り戻していくことが、
主体性の回復につながります。

自己否定の奥にある怒りと生命力

宗教二世のうつを考えるとき、
怒りの扱いはとても大切です。

怒りは、ただ人を攻撃するための感情ではありません。

本来、怒りには、

「それは嫌だ」
「私はそうしたくない」
「ここから出たい」
「私の時間を返してほしい」

など自分の身を守るための
主体性のエネルギーが含まれています。


けれども、
親の価値観で怒ることが悪いこととされていたり、

親や宗教に怒りを向けることに強い罪悪感があったりすると、
そのエネルギーは外に出られません。

すると、怒りは内側に向かうことがあります。

自分が悪い。
自分が弱い。

自分は信仰が足りない。

自分は努力が足りない。
自分は人としてだめだ。

本来は
「嫌だった」「苦しかった」「自由にしたかった」
という自分を守ろうとする怒りがあるのに、

その怒りを安全に感じることができる環境がなかった。

その結果、
怒りや主体的なエネルギーが、
自己を処罰する方向に向かってしまうことがあります。

うつの中で強まる自己否定の背景には、

表現されなかった怒りや、
使われなかった身体のエネルギーが眠っていることもあるのです。

あきらめの奥に生まれる無価値感

あきらめることは、
ときに生き延びるために必要な反応でもあります。

期待しても傷つく。
望んでも叶わない。
怒っても受け止めてもらえない。
疑問を持っても否定される。
自分の気持ちを言っても、なかったことにされる。

そのような経験が続くと、
人は少しずつ、自分の望みを感じないようにしていきます。

けれども、あきらめが深まっていくと、やがて、

「どうせ私には無理」
「私が何を感じても意味がない」
「何をしても変わらない」

という感覚につながることがあります。

さらに深いところでは、

「自分には価値がない」
「生きていること自体がつらい」

と感じてしまうこともあります。

それは、
あなたの命に価値がないということではありません。

長いあいだ、自分の気持ちや怒りや望みをしまい込み、
生きる力が内側で行き場を失ってきたサインなのかもしれません。

無価値感から逃れるために、止まれなくなることもある

無価値感が根っこにあると、
人はいつも落ち込んでいるとは限りません。

むしろ、エネルギーがあるときには、

「もっと頑張らなければ」
「もっと成果を出さなければ」
「もっと認められなければ」
「もっと成功しなければ」

と、過剰な達成や成功を追い求めることがあります。


止まることができない。
休むことが怖い。
何もしていない自分には価値がないように感じる。

その背景には、止まった先で、
自分の中にある深い無価値感に触れてしまう怖さがあるのかもしれません。

けれども、心が止まれないまま走り続けると、
先に身体が悲鳴をあげることがあります。

眠れない。
疲れが抜けない。
涙が出る。
頭や身体が重い。
動けない。
朝起きられない。
人に会えない。

それは、怠けではなく、
身体が「もう限界です」と知らせてくれているサインかもしれません。

うつ状態は、そうした無理な頑張りが限界に達したときに、
心と身体が強制的にブレーキをかけるようにあらわれることがあります。

根っこの感情に一人で向き合う難しさ

根っこにある
あきらめや無価値観などの感情を解消していくためには、
そこに目を向けざるを得ません。

けれども、それは、
一人ではとても険しく、ときに過酷です。

何の装備やガイドもないままに、
一人で雪山に入っていくようなものです。

自分の奥にある痛みに触れようとすると、
かえって、

「やっぱり私はだめなんだ」
「どうせ変わらない」

という思いが強まり、
あきらめがさらに深くなってしまうこともあります。

だからこそ、安全な関係の中で、
少しずつ、
無理のない深さで見ていくことが大切です。

カウンセリングでは、
痛みを無理に掘り起こすのではなく、

まずその人がこれまでどのように自分を守り、
頑張り、生き延びてきたのかを丁寧に見て、
一緒に認めていきます。

なぜ、そこまで頑張らなければならなかったのか。
なぜ、休むことが怖いのか。
なぜ、止まると自分には価値がないように感じてしまうのか。

その背景を、
心と身体の両方から一緒に理解していくことで、
少しずつ、同じ苦しさに飲み込まれにくくなっていきます。

「好き」「楽しい」を感じられる身体の器を育てる

cocorowingでは、
うつ状態の回復を、
ただ日常生活が戻るだけとは考えていません。

もちろん、眠れること、食べられること、
生活が少しずつ回ることはとても大切です。

その先に、
自分にとっての「生きていてよかった」と感じられる瞬間
取り戻していくことも、
大切な回復の一部だと考えています。

好き。
楽しい。
うれしい。
ほっとする。

少し安心する。
なんとなく居心地がいい。

そうした小さな感情や身体の感覚は、
長いあいだ自分を抑えてきた人ほど、
わからなくなっていることがあります。

頭では「楽しいはず」と思っていても、
身体がこわばる。

「好き」と言おうとすると、不安になる。

うれしいことがあっても、すぐに罪悪感が出てくる。
ほっとする感覚がわからない。

そのようなときに大切なのは、
無理にポジティブに変えようとすること
ではありません。

まずは、
「好き」「楽しい」
「うれしい」「安心する」といった感覚を、
身体で感じられる器を育てていくことが大切です。

ソマティック(身体志向)の視点では、
心の回復は、
頭で理解するだけではなく、
身体が安全を感じられるようになっていくこと
と深く関係しています。

例えば、
ほんの少し呼吸がしやすい。
肩の力が少し抜ける。

胸のあたりが少し広がる。
地に足がついている感じがする。

そうした小さな身体感覚を、
急がず、わずかなものでも、
丁寧に拾っていく。

それは一見、
とても地味で小さなことに見えるかもしれません。

けれども、
長いあいだ「感じないこと」で
生き延びてきていた場合には、

自分の人生を取り戻すための大切な土台になります。

誰かと比べない、あなたにとっての幸せを見つける

世の中には、
一般にわかりやすい幸せの形があります。

成功すること。
評価されること。
収入を上げること。
何かを達成すること。

パートナーがいること。
結婚すること。
子どもがいること。
家族とうまくやること。
いつも前向きでいること。

もちろん、
それらを望むことが悪いわけではありません。
成長することや発展することも大切な人生の一部です。

けれども、
宗教二世や自分以外の価値観に合わせ続けてきた方にとっては、

また別の「正しい幸せ」
自分を合わせようとすると、
さらに苦しくなってしまうことがあります。

大切なのは、
他の誰かと比べることなく、

あなたにとって生きている幸せとは何かを、
少しずつ感じ取りながら、見つけていくことです。


大きな目標でなくてもいい。
立派な夢でなくてもいい。
人に説明できる大義名分がなくてもいい。

空の眺めが少し気持ちよかった。
お気に入りのカップでお茶を飲めた。

今日は少しだけ、自分の本音に気づけた。
ほんの一瞬、身体をゆるめれた。

誰かの言葉に、少し安心した。
好きなものを好きだと認められた。

ふと感動して温かい涙が流れた。

そうした些細な瞬間の中に、
「生きている」という実感が戻ってくることがあります。

cocorowingでは、
その小さな瞬間を一緒に見つけていくこと。

そして、自分の感覚を大切にしながら、
小さな一歩を踏み出していける力を
少しずつ育てていくことを大切にしています。

回復とは、「自分の人生を生きている」実感を取り戻すこと

宗教二世として育つ中で、
あるいは、親や環境の強い価値観の下で、

楽しむこと、疑うこと、怒ること、
自分で選ぶことを抑えてきた方は少なくありません。

その抑え込まれた心と身体は、
大人になってから、

うつ状態、疲れやすさ、自己否定、
人生への受け身感や空虚感
としてあらわれることがあります。

あきらめが深くなると、
「自分には価値がない」
「生きていても意味がない」と感じるほど、
心が追い詰められてしまうこともあります。

また、無価値感に触れることが怖いために、

止まれないほど周囲の期待に応えて頑張り続け、
身体が先に限界を迎えてしまうこともあります。

でもそれは、
あなたの存在に価値がないということではありません。

長いあいだ、
自分の望みや怒りや楽しさを押し込めて、
生き延びてきた心と身体の叫びなのかもしれません。

回復とは、
また同じように頑張れるようになることだけではありません。

頑張らなくても、自分には価値がある。
誰かの期待に応えなくても、自分の感覚を大切にしていい。
大きな成功をしなくても、生きている幸せを感じていい。

そのことを、頭だけでなく、
身体で感じられるようになっていくこと。

そのような感覚を育んでいくことで、
かえって、
自然体で力を発揮できるようになることがあります。

それは、何かを誰かに「させられている人生」ではなく、

「自分で選び、自分の人生を生きている」という実感を、
少しずつ取り戻していく歩みでもあります。

カウンセリング・セラピーについて

うつ状態が強いとき、
死にたい気持ちや自分を傷つけたい気持ちがあるとき、
眠れない・食べられない・日常生活に大きな支障があるときには、
医療機関への相談が必要になる場合があります。

一方で、すべての方に
すぐ医療機関の受診が必要というわけではありません。

これまでの生き方のくせや、
自己否定、楽しめなさ、休めなさ、
無価値感や孤独感について、
少しずつ整理していきたい方には、
カウンセリング・セラピーでお手伝いできることがあります。

自分がなぜ苦しくなりやすいのかを理解し、
これまでの生き方を見直しながら、

自分との関わり方や、人との関わり方を
少しずつ育て直していくことは、
さらなる回復や、うつ状態の再発予防にもつながります。

あなたが弱いから、
だめだから、
苦しくなったのではありません。

これまで一人で抱えてきたものを、
安全な関係の中で少しずつほどきながら、

あなたにとっての「生きている実感」を一緒に見つけていきませんか。

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