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親への怒りはある、でも憎めないーやさしい人がたどる回復のプロセス

親に対して、
怒りや憤りのような感情がある。
なにか未消化な塊のようなもの。


なぜ、こんな育てられ方をしなければいけなかったのか、
納得がいかない。
時計の針は戻らない。
人生の時間を返してほしい。


けれど、やってもらったこともわかっている。
親子の縁を切りたいわけではない。
この気持ちをぶつけたところで解決しないこともわかっている。


こんなふうに
怒りの感情のやり場、行き場がわからず、
どう扱えばいいのか分からないまま、
胸の奥にしまい込んで
感じないように蓋をしてきた方も多いかもしれません。


何かのきっかけでふと出てくる。

ふとした瞬間の強烈な孤独感や、
人への羨ましさ
理不尽な大人の社会への不満や怒りとして現れることも。


あるいは、子育てを通して、
自分の育ちを振り返る機会が多くなる、
家庭について考えることが多くなる、
そんな瞬間に憤りが現れる。


現実のすでに年老いてきている親に対して、
遠い昔の子どもの頃のことを言葉にすることなんて、
なんか違う気がする。


そもそも、怒りを出せる親だったら、
こうはなっていない。

怒りを見せれば、支配が強まるかもしれない。
見捨てられるかもしれない。
だから、出せなかった。

そこには、たくさんの傷つきや気遣いがあったはずなんです。


それでも、育ててもらったこと、全てを否定はしていない。
全てが嫌いではない。

「こんなふうに思う自分は、冷たいのではないか」
「親を悪く思ってはいけないのではないか」

そんな気持ちが先に立って、
自分の感情を奥にしまい込んできた方もいるかもしれません。

この記事は、
親への怒りを抱えながらも、

それを出せないままに大人になって、
苦しんできた方に向けて書いてみたいと思います。

目次

親への怒りに触れるには、「安全・安心」が必要

怒りという感情は、
決して危険なものではありません。

けれど、
十分な安心感がない状態で無理に触れようとすると、
「怖い」が出すぎて、
心が不安定になってしまうことがあります。

怒りに蓋をしてきたのは、
弱かったからでも、未熟だったからでもありません。

それは、
その環境の中で生き延びるために
身につけた、大切な知恵だったのです。

怒りを出すと、
自分や相手との関係が壊れてしまいそうだったから。

心の中で凍結保存してきたのです。

だからまず必要なのは、
「怒りを出すこと」ではなく、
何よりも、安心できる土台を作ることなのです。

安心できる土台ができたときに、
自然と怒りを「感じる」ということが
できるようになっていきます。

感情は、しっかりと感じて、認めていくことで、
心で自然に抱えながら、
自らハンドリングしていけるものになっていきます。


怒りの奥には、「本当は愛してほしかった」気持ちがある

怒りの背景にある切実な愛

親への怒りの背景には、
とても切実な願いが隠れていることがあります。

それは、

「もっとわたしを見てほしかった」
「意見を聞いてほしかった」
「大切にしてほしかった」
「気持ちをわかってほしかった」
「認めてほしかった」

という、子どもとしての自然な欲求です。

子どもにとって、
親は誰よりも特別な存在です。

例え、どんな親であったとしても、
この人に、ありのままを見てほしい「愛されたい」と願うこと自体は、
子どもにとって、とても自然なことなのです。

怒りが生まれるのは、
それだけ強く愛情を求めていた証でもあるのです。

怒りは「境界線」を守ろうとする感情でもある

ここで、もう一つ大切な視点があります。

怒りという感情は、
誰かを攻撃するためだけに生まれるものではありません。

むしろ、心理的には
自分の境界線を守ろうとする働きを持っています。

神経系の視点で見ると、
怒りは「これ以上は危険」というサインでもあります。

身体は、本当はずっと自分を守ろうとしてきているのです。

「これ以上踏み込まれたくない」
「それは苦しい」
「私はこうしたい」

そうしたサインを、怒りは教えてくれます。

幼いころから、

・気持ちを尊重してもらえなかった
・考えや選択を許されなかった
・感情を否定されたり、コントロールされたりした

そのような体験が続くと、
心の境界線は何度も侵入されることになります。

そして実は、
境界線を侵入され続けてきた人ほど、
心の奥に強烈な怒りを抱えていることがあります。

けれど、
その怒りを表すことが許されなかった場合、
大人になってからも、
怒りの扱い方がわからないままになることがあります。

その結果、

・傷つけられる関係に、知らず知らず居続けてしまう
・苦しくなる前に、関係から離れ続け親密な関係が深まらない

という、どちらかのパターンに偏ってしまうことがあります。

どちらも、
「安心できる居場所をつくる」という点では、
とても苦しい状態です。

また、怒りは、罪悪感や自己犠牲といった
別の形に姿を変えている場合もあります。

回復のプロセスでは、
怒りをなくすことよりも、

「怒りが教えてくれている境界線」
少しずつ取り戻していくことが大切になります。


理想の親を失うという、大きな喪失

回復の過程では、
「理想の親」を失っていくことと向き合うことになります。

・いつか分かってくれるはず
・変わってくれるはず
・私の思うように愛してくれるはず

そんな希望を、
心のどこかで持ち続けてきた方も多い。

どんな子どもも、
例えば、シンデレラの物語でかぼちゃが一瞬で馬車になるように、
魔法のような夢を一度は見るものです。
それは、ごく自然な、幼いこどもの心境でもある。

このような思いが、大人になっても、
未消化なまま心に残ってしまうことがあるんです。

そして、
それが叶わない現実を受け止めるとき、
大きな悲しみや失望、

ときには「世界が壊れるような絶望」
感じることもあります。

これは、本当にとてもつらいプロセスです。
簡単に通り抜けられるものではありません。

ここに、何かや誰かの健全な支えや
専門家のサポートがあると乗り越えやすくなります。


一度、親と距離を取るという選択

この段階で、
心理的に、あるいは現実的に
親と距離を取る必要が出てくることがあります。

距離を取るとき、
罪悪感や寂しさ、苦しさが
強く押し寄せてくることも少なくありません。

「離れるなんて、ひどい子どもではないか」
「親不孝なのではないか」

そう感じるのも自然なことです。

けれど、距離を取ることは
関係を壊すためではなく、
自分を守り、回復するための時間にもなっていきます。


「離れたい」「離れられない」
「嫌われたくない」

矛盾しているように感じる気持ちも、
あなたの中に複数の大切な部分がある証でもあります。

心の中には、
いくつもの「部分(パーツ)」が存在していると
考える心理学の視点があります。

親を守りたい部分。
いい子でいたい部分。
怒っている部分。
罪悪感を感じる部分。

それぞれが、自分を守ろうとして働いてきました。
どれかが間違っているわけではありません。

これらを揺れながら、
あなたらしい境界線を作っていくことが大切になります。


自分を再構築していく時間

親との境界線を取り戻したところで、
人はゆっくりと「自分自身」を取り戻していきます。

・自分は何を感じているのか
・何が苦しくて、何が大切なのか
・どんな人生を生きたいのか
・そのために、私は何ができるのか、したいのか

そうした問いに、
少しずつ答えられるようになっていきます。

この過程で、
親への理想化は少しずつほどけ、

現実的な、そして時には柔軟な境界線が
自然に生まれていきます。


親を「一人の不完全な人間」として見る地点

回復が進むと、
子どもの時に感じたような感覚、
親は「特別な存在」という感覚は
少なくなっていきます。

完璧でも、絶対的でもない、
限界のある、
ただその時代を
精一杯に生きてきた一人の人間。

ときには、
この広い世界の中の小さな存在として
見えるようになっていくことがあります。

理解できなくてもいい。
許せなくてもいい。

ただ、
過剰な期待や理想から
少し自由になる地点です。


得られなかったものと、それでも得られたもの

欲しかったものが
得られなかったという現実は、
とても痛みを伴います。

けれど、
それ自体に特別な意味があるわけではありません。

人生の中で、
誰にでも起こりうる
一つの営みでもあります。

ただ痛みを温かく抱きしめていく。

その先に、回復が進んでいくと、
それでも自分がすでに得てきているもの、
育ってきている力が見えてくるようになります。

それを手に、
人は自立へと向かっていきます。

そして、その先に、
親や社会への自然な感謝や
エネルギーの循環が感じられるようになっていきます。


怒りは、壊すためではなく、進むための力になる

怒りは、
あなたや周囲の人を破壊するための感情ではありません。

私自身、セラピーの中で、ある時、
怒りを感じないように食い止めようとするあまりに、
怒りの炎でボロボロになって
傷ついてきた自分に辿り着きました。

そして、ボロボロの自分を救い出し、
怒りのエネルギーを、
小さなランタンに変えた時、
それは、自分を温めるエネルギーになっていきました。


怒りをそのままに感じ、認めたとき、
怒りは、自分の人生を
自分の足で生きるための
エネルギーになることもあります。

ただし、このプロセスは
一人で進むにはときに辛く、
とても困難な道のりとなることもあります。

安全な関係の中で、
少しずつ辿っていくことが、
回復を支えてくれます。
そのプロセスを一人で抱えなくてもいいのです。

あなたの怒りも、
あなたを壊すものではなく、
生きるエネルギーになります。

cocorowingでは、
怒りとやさしさの両方を抱えながら進む時間を大切にしながら、
回復のサポートをしています。

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