「こうなるのは、私のせいだ」
「とりあえず、私が我慢すればすむ」「どうせ私なんて」
そう思って、きたことはありませんか。
あまりにもその感覚に馴染みがあると、
自分でもそんな考えがあること自体に気づいていないこともあります。
このような考えは、実は、
自己否定、自己犠牲の生き方につながっています。
そして、その背景には、罪悪感という感情があることが多いんです。
親、パートナー、職場の人間関係・・・
関係を壊したくない気持ちが強い人ほど、
罪悪感は深く、静かに心に根を下ろします。
そして、罪悪感には、実は 2つの顔 があります。
ひとつは「怖れの罪悪感」、もうひとつは「愛の罪悪感」
怖れの罪悪感──相手との関係を壊さないために、自分を責めてきた
“自分が悪い”と感じてしまうとき、
それはあなたの心が壊れないように作った
保護膜のようなもの かもしれません。
幼いころ、怒りや悲しみなどの感情を表すと、
「怒らないで」「泣かないで」と言われてきた。
こうして欲しい、こうしたいと主張すると、
「わがまま」と言われたり、拒まれたり、疎まれたりした。
あるいは、感情を表すことも許されない緊張感のある家庭の空気だった。
親に余裕がなく、向き合ってもらえなかった。
気持ちを通い合わせる交流があまりなかった。
そのようなとき、満たされていない、満たされないという感情は埋もれていきます。
でも、身体では不満を感じている。
そうなったとき、どうなるか。
人の本能とはすごいもので。
一つは、生き延びるために、苦痛を感じなくするという機能が働きます。

もう一つは、外に向けられない感情のエネルギーは、自分に向けるしかなくなる。
特に、幼い子どもは、周りに何が起きているのかということを、全体をうまく理解できないし、
自己中心的な心性がある。
だから、なんでも自分と関係していると考えてしまうんです。
本来ならば、怒りを不満や甘えを出したいときに、
自分を責める、自分にエネルギーを向けるということで、
安心や安全 を確保するというやり方を体が覚えていきます。
そして、そのやり方は、大人になっても続きやすい。
それはやがて、
「私が悪い」「私は満たされてはいけないんだ」
といった信念に知らず知らず結びつき、
罪悪感が心の中に巣食うようにようになります。
このような“怖れの罪悪感”は、
あなたが目の前の大切な人との関係を失わないように
必死に自分を守ってきた心の仕組みなのです。

けれども、これがあると、
本当の意味での誰かとのつながりが生まれていかず、
孤独感の中に、何もかもが満たされないままに生きていくことになってしまいます。
cocorowingでは、この罪悪感を「悪者」とは見なしません。
長い間あなたを守ってきた、 健気な心の知恵 として尊重します。
まず大切なのは、
「怒りがあっても大丈夫」「壊れない」「嫌われない」と感じられる
身体の安全 を取り戻すこと。
その安心のなかで、
固くなっていた罪悪感は少しずつやわらぎ、
閉じていた呼吸が戻ってきます。

愛の罪悪感──もう一度、つながりたいという願い
罪悪感にはもうひとつの顔があります。
それは、 誰かを大切にしたいという愛 から生まれるもの。
「あんな言い方をしなければよかった」
「傷つけてしまったかもしれない」
そんな人とつながることで起こる心の痛み。
奥には、「つながっていたい」という切実な願いがあります。
これは、心が成熟していくときに生まれる、大切な人との関係を
修復する力にもなっていきます。
自分の内側にある怒りや未熟さを認めながらも、
ある程度の安心や安全の感覚の中で、
人の中に自然と入っていけるようになった先に、
傷つけたり傷ついたりする中で、
「それでも相手を大切にしたい」
と思える段階です。
この“愛の罪悪感”は、心の回復が始まったサインでもあります。
傷つけてしまったものを修復したい、
それでも愛したい、
その思いやエネルギーが、
社会の中で創造性として発揮されて、
つながりや循環が生み出されていくようなエネルギーにもなっていきます。
行ったり来たりする心──それは、自然なこと
人の心は、一方向に成長するものではありません。
普段は、誰かと落ち着いた関係のなかでいられていても、
ふとした瞬間─に、誰かの怒りや拒絶、過去の記憶に触れたとき、
再び「怖れの罪悪感」に戻ることもあります。
安全を確かめるための心のゆらぎ の中で、心は成長していきます。
「恐れの罪悪感」と「愛の罪悪感」の間を
行ったり来たりしながら、罪悪感はやわらかくなり、
“自分を責める声”が、“自分へのやさしさの声”へと少しずつ変わっていきます。

幸せになることが怖いと感じるとき
安心が戻り、少しずつ他者とのつながりの中で、
「自分を生きたい」と思えるようになると、
こんどは不思議な罪悪感が顔を出すことがあります。
「私だけ幸せになっていいのだろうか」
「あの人を置いて、自分だけ笑ってはいけない気がする」
それは、 “幸せへの罪悪感”
長いあいだ他人の期待や価値観の中で生きてきた人ほど、
「自分の幸せ=誰かの不幸」と感じてしまうことがあります。
でもそれは、心が新しい安心へ進もうとするときに、
古い安全の形(“我慢すること”)が顔を出しているだけ。
何かが満たされるという可能性が目の前に開かれた時に、
再び、満たされることへの強烈な反発、
「満たされてはいけない」という信念が顔を出してくるのです。
それは、心の「統合のサイン」として見守られる必要のあるもの。
セラピーでは、そこに起こる心の動きに丁寧に寄り添っていきます。
罪悪感が回復する3つの段階
【1】閉じて守る(怖れの罪悪感)
- 「自分が悪い」と思うことで、関係を壊さないようにしてきた。
- 本当は怒りや悲しみがあったけれど、それを出すと怖かった。
- 心も体もギュッと固まり、息をひそめて生きてきた。
これは、あなたが壊れないために身につけた優しい心の知恵。
まずは「怒ってもいい」「怖くてもいい」と感じられる身体や心の安全・ 安心 を取り戻すところから。
【2】揺れて動く(感じはじめる段階)
- 安心が少し戻ってくると、閉じていた感情が動き出す。
- 「本当は悲しかった」「怒っていた」と感じることで、心が息を吹き返す。
行ったり来たりしながら、心はやわらかくなっていく。
罪悪感は、“悪いもの”ではなく、感情が動き出した心のサイン。
【3】つながり直す(愛の罪悪感・幸せへの罪悪感)
- 「相手を大切にしたい」「でも自分も大切にしたい」と思えるようになる。
- そのときに、ふと顔を出すのが「私だけ幸せになっていいの?」という思い。
- それは、新しい自分に慣れていくための心のゆらぎ。
幸せになることは、誰かを裏切ることではなく、
あなたの中の安心が、誰かに伝わっていくこと。
罪悪感が自分や他者、そして世界への“やさしさ”へと変わるとき、心のエネルギーは、ほんとうの自由へ向かいはじめます。

メッセージ
人の心は、閉じて 、 揺れて 、 つながり直す。
これを繰り返す中で、少しずつ安心や安全が育っていきます。
あなたの幸せを阻んでいる罪悪感にまず気づいていきましょう。
気づいたとしても、恐れる必要はありません。
それは、あなたの中にまだ“感じる力”が生きている証。
変化はゆっくりの方が、逆戻りしません。
急がず、ゆっくりとしたペースで歩んでいきましょう。

